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クレッセントブログ CRESCENT☆


神奈川県秦野市のクレッセント音楽教室を主宰している石井晶子のブログです。教室の話題や私のことを掲載していきたいと思いますのでどうぞご覧ください☆
ドビュッシーは日本がお好き?

前回のブログで、ドビュッシーの生まれた頃の日本の話をしましたが
ちょうど明治維新の6年前、江戸末期だったんですね^^;
ちょっと計算間違えて(どうしたら間違えるの?という感じですが)最初明治6年とか書いてしまって訂正してあります。すいませ〜ん^^;
江戸末期なんですねえ。ふーん、すると坂本龍馬とか西郷隆盛とかいたころですか。。。

幕末歴史探訪という記事を見つけたのでちょうど1862年のところを書き抜いてみます。
歴史に興味ない方はスルーして下の記事を読んでください。
もっと知りたい人は こちらから。

文久二年‐1862年‐

1月  坂下門外の変。老中安藤信正、坂下門外で水戸浪士6名に襲撃され負傷。

2月  西郷隆盛、奄美大島より帰還。大島三右衛門(大島に3年居たという洒落)と名乗る。島津久光を地ゴロ(田    舎者という意味)と云い、久光の不興を買った。

3月  坂本龍馬、沢村惣之丞と脱藩。

4月  土佐藩参政・吉田東洋、暗殺される。島津久光は、京都伏見の寺田屋に集結している有馬新七らを鎮撫するた    め、奈良原繁・大山格之助(大山綱良)らを寺田屋に派遣した。奈良原らは激派を説得したが聞かれず、や    むなく有馬新七ら8名を上意討ちにした。
    高杉晋作、上海へ。

6月  西郷隆盛は徳之島へ、村田新八は喜界島へ遠島。

7月  徳川慶喜、将軍後見職となる。会津藩主・松平容保、京都守護職となる。

8月  生麦事件発生。
    西郷隆盛、徳之島からさらに沖永良部島へ遠島。
    井伊直弼の参謀で安政の大獄の元凶である長野主膳(ながのしゅぜん)、斬首・打ち捨ての刑に処される。

11月  上野彦馬、上野撮影局を長崎に開設。

12月  高杉晋作らによる、英国公使館焼き討ち事件発生。




江戸時代はもちろん、日本は鎖国をしていたわけで、
それが開国した時にドビュッシーは6才。

逆転の発想で、さかさまに考えてみてください。
自分がヨーロッパに住んでいたとして、日本を見る。
それまで全く閉ざされていて、あそこの国(日本)は一体、中身がどうなっているのだろう???と
世界から見れば、不思議がいっぱい詰まった国だったはずです。
どうもサムライというのがいて剣を振り回しているらしいぞ・・・とか。
女性も不思議な服(着物)を着ているらしいぞ・・・
・とか憶測が憶測を呼び、きっと興味深かったに違いありません。

そして開国、ドビュッシーの生まれたフランスにもジャポニズムのブームが押し寄せるんです。
きっとその頃はドビュッシーが多感な少年時代を送っている頃。
だから、「東の国」への思い入れは強かったでしょうね。

ご存知の方は多いと思いますが、
実は彼、日本の物が大好きで相当凝っていたようです。
部屋に仏像を置いたり、浮世絵を何枚もコレクションしていたとか
「カエルの文鎮」(かなり大きい)は大のお気に入りで、旅に行く時には必ず持ち歩いていた・・・とか。
彼の唯一の交響詩「海」の初版の表紙は葛飾北斎の浮世絵『富嶽三十六景』の有名な波の絵が使われていることは有名です。












実は今東京のブリジストン美術館で「ドビュッシー展」をやっています。
それがもう今度の日曜日でお終いなんですが
(もっと早くお知らせすべきだった!! 私は8月に行ったんですが)
もし東京に用事がたまたまあるぞーという方がいらしたら、是非覗いてみてください。

例のカエルの文鎮、飾ってありますので見つけてね。
場所はJR東京駅八重洲中央口を出たらそのまま真っすぐ八重洲通りを行くと3分位で右手に見えてきます。
素敵な美術館です。


ということで、今日のYou tube はドビュッシーの東洋好きが際立ったこの曲。
「版画」より、第1曲“塔”
ドビュッシーはこんな塔を思い浮かべながら作曲したのかもしれませんね。
♪演奏は石井晶子。
















|07:47| 楽曲・CD紹介 | - | trackbacks(0) | posted by 石井晶子(いしい あきこ) - -
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